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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)99号 判決

原告 大川昌男 外七名

訴訟代理人 春日寛 外五名

被告 松下電器産業株式会社

訴訟代理人 吉川大二郎 外四名

主文

原告らの各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一、被告は、

1. 原告大川昌男に対し、金一万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年四月二六日から、

2. 原告永井美重子に対し、金二万八〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月二日から、

3. 原告高田節子に対し、金三万八〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年七月一六日から、

4. 原告小松孝子に対し、金四万二〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年一一月一六日から、

5. 原告中野一成に対し、金一万六〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年七月九日から、

6. 原告角田虎喜に対し、金一万六三〇〇円及びこれに対する昭和四五年一月一五日から

7. 原告北倉清に対し、金七〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月一七日から、

8. 原告工藤正子に対し、金一万円及びこれに対する昭和四五年七月三一日から、

各支払いずみに至るまで年五分の金員をそれぞれ支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、仮執行の宣言

(請求の原因)

一、被告は、カラーテレビ受信機等、主として、家庭用電気器具の製造販売を業とするものであつて、その製造にかかるカラーテレビ受信機等その国内向け家庭用電気器具(以下「ナシヨナル製品」という。)の殆どすべてを、ナシヨナル製品を総合的に取扱う卸売業者(以下「代理店」という。)に販売している。

二、被告は、ナシヨナル製品の小売価格の維持をはかるため、昭和三九年九月頃から、少なくとも昭和四六年三月一二日(後記三の同意審決の日)までの間、ナシヨナル製品を販売するに当つて、代理店に対し、家庭用電気器具を廉売する販売業者に対するナシヨナル製品の販売を行なつてはならないとともに、その取引先販売業者に右販売を行なわせないようにしなければならない旨を指示し、これを実施させて代理店と取引した結果、右小売価格を維持して来た。

さらに、被告は、昭和四〇年二月頃から、少なくとも上記昭和四六年三月一二日までの間、ナシヨナル製品を販売するに当つて、代理店(但し、一部の特約代理店を除く。)に対し、ナシヨナル製品のうち、季節的製品を除く大部分の製品について、被告が定める卸価格でその取引先販売業者に販売しなければならない旨を指示して実施させたうえ、その取引先販売業者に対するいわゆるリベートの支払いについて、被告が定める基準による以外の独自のリベートを支払つてはならない旨を指示し、かつ実施させて代理店と取引をし、これによつても上記製品の小売価格を維持してきたものである。

三、右二、記載の各事実によれば、被告は、ナシヨナル製品の販売価格の維持をはかるため、代理店とその取引先販売業者との取引を拘束する条件をつけて、代理店と取引していたものであり、これは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独禁法と略称するが、本判決では昭和五二年法律第六三号による改正前の同法を指す。)二条七項、一般指定(昭和二八年公正取引委員会告示一一号「不公正な取引方法」)八に該当し、同法一九条の規定に違反するものである。

そこで、公正取引委員会は、被告に対し昭和四二年八月一四日審判手続(昭和四二年(判)第四号)を開始したところ、昭和四六年三月一二日に至り同意審決がなされ、右審決は確定した。

四、1. 原告らは、別紙第一表記載の各「契約日」に、各「買受先」から、右記載の「機種」のカラーテレビ受信機各一台を、同記載の「価額」で買受ける契約をし、各「支払日」に右代金の支払をした。

原告らの買受先である各小売業者は、被告が右二、記載の拘束条件を付して販売した卸売業者から、右受信機を仕入れたものであるから、右小売業者の原告らに対する価格(小売価格)は、被告のした右二、記載の独禁法違反行為により、不当に高く維持されていたものであつて、もし、右の違反行為がなければ、原告らが買受けた各受信機は、高くとも別紙第二表記載の適正価格(C価格-被告の違反行為なかりせば形成されるであろう市場価格)を超えることはなかつたものである。

従つて、原告らは、被告のした右独禁法違反行為により、上記の価額による代金の支払いを余儀なくされ、そのため、それぞれ右適正価格との差額に相当する額(前記第二表損害額欄に記載のとおり。)の損害を被った。

2. 前記C価格は、第二表記載の「まや価格」「井原価格」「D価格」「E価格」「F価格」を、次のとおり彼是比較考量のうえ決定したものである。

(一)  まず、右表の「仲値」とは、代金の決済を現金でしている家庭電気製品を取扱う問屋(但し、小売業者に卸す問屋)間において、カラーテレビ受信機が売買される際形成される市場価格であつて(なお、右表に記載したものは、日本経済新聞社が上記問屋に照会して現実の売買価格を調査し、これを平均して同紙上に関東価格及び関西価格として発表したところによる。)、この価格は、メーカーの付した条件等に拘束されない自由な取引ができる市場で形成されるものであるから、客観的な価格である。

そうして、中小企業庁の示すところによれば、昭和四四・四五年当時における、電気器具小売商の、売上高対総利益率は二一・三%とされているから、これを右「仲値」に乗じて、小売価格を計算したのが「D価格」である。

(二)  次に「まや価格」及び「井原価格」とは、それぞれ訴外株式会社まや商会及び訴外井原電気(個人営業)の仕入れ及び小売価格であるが、これら訴外人は、東京に店舗を有し、被告の付する条件に拘束されないで自由な取引ができる市場から、家庭電気製品を自由に仕入れ、かつ自由に販売している小売業者であるから、その仕入価格は、右仲値と同様、本件各受信機の客観的な価格を直截に示すものである。

(三)  また「E価格」は、全国地域婦人団体連絡協議会(以下全国地婦連と略称する)が各都道府県の連絡協議会に対してした依頼により、傘下の市町村婦人会が、近隣の電気器具店を無差別に選んで訪問し、カラーテレビ受信機等の店頭実売価格を口頭で質問調査し、その結果を全国地婦連において集計したものであり、「F価格」は、公正取引委員会の依嘱を受けた約六〇〇名のモニターが、前同様の方法によつて、公正取引委員会が特定した比較的よく購入される機種の受信機について、店頭実売価格を質問調査し、その結果を公正取引委員会が集計したものであるが、これらのうちには、被告のした前記二、の行為によつて、不当に高くつり上げられた価格のものも、そのままはいつている。

(四)  さらに、利潤率(すなわち、小売価格から仕入価格を引いたものを、仕入価格で除したもの。)についてみると、「まや価格」のそれは平均〇・一一七五、「井原価格」のそれは平均〇・一二二六であり、「仲値」を仕入価格とした「C価格」のそれは平均〇・一五二である。

(五)  以上の各価格及び利潤率からみると、「C価格」は、「まや価格」及び「井原価格」と原告らが支払つた代金額(第二表中の「B価格」)との中間に在ることが明らかであるから、これを以て、1に述べた趣旨における適正な価格というべきである。

3. 被告のした右二、記載の独禁法違反行為と原告らの前記損害との間の因果関係について、更に次のとおり付言する。

被告は、右二、記載の措置をナシヨナル製品を総合的、継続的に取扱う多数の代理店(卸売業者)に対し、いわば一般的、制度的に実施し、しかも、右の措置ないし被告の行為は実効性を有していたものである(右三、記載の審決がなされたことは、とりもなおさず、右の実効性があつたことを示す。)から、本件における右因果関係の主張としては、原告らが購入した受信機は、いずれも右の代理店から各小売業者が仕入れて販売したものである、ということで十分であつて、これ以上更に、被告のいうように、個別的、具体的な因果関係を主張し、かつ立証する要はないものと思料する。

五、よつて、原告らは被告に対し、独禁法二五条に基づき前記各損害の賠償を求めるとともに、これらに対する被告の前記独禁法違反行為の後である請求の趣旨記載の各日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。

六、なお、審決にあらわれた独禁法違反行為の存否に関する事実関係が、同法二五条に基づく損害賠償請求事件を審理する裁判所の判断を拘束するか、についての原告らの見解は、次のとおりである。

1. まず、正式審決(公正取引委員会の審判において実質的審理の結果なされたものをいう。)は、当然右の拘束力を有する。その理由は、(一)独禁法二六条により、同法二五条の訴訟は、審決が確定した後でなければ提起できないこと、(二)損害賠償請求に関する民事訴訟における判断と、独禁法違反事件における公正取引委員会の判断とがくいちがわないよう要請されること、(三)独禁法八〇条に、いわゆる実質的証拠の法則に関する規定があること、(四)独禁法違反事件の事実認定を、できるだけ公正取引委員会に集中しておく要請のあること及び(五)損害賠償請求訴訟が地方裁判所ではなく、東京高等裁判所の専属管轄とされていることの五である。

2. 同意審決も同様拘束力を否定する理由はないと考える。けだし、前記五つの理由は同意審判の場合にもまた妥当するうえに、独禁法は、正式審決と同意審決との間に区別を設けておらず、しかも、同意審決は、行為者において独禁法違反行為を承認したうえでなされる(独禁法五三条の三参照)ものだからである。

ところで、被告は、右三、の審判事件において徹底的に争つたうえで、審決案も作成された後に至つて、本件同意審決を受けたものであるが、被告から同意審決の申出を受けた当時、審判事件の審理をかさねて結審し、審決案も作成されていた公正取引委員会には、既に事案に対する心証ができ上つていたと推測されるから、被告が審判開始決定書記載の事実と法令の適用を認めて同意審決を申出た場合、公正取引委員会が認定した事実関係と右事実とがくいちがつていたならば、公正取引委員会は右申出を受入れることはなかつたものというべきである。従つてこのような特段の事情のもとになされた本件同意審決は、その内容をなす事実の真実性において、正式審決とかわりないものというべきであつて、これが拘束力を有することはいうまでもない。

3. 右二、に記載したところと、前記審判開始決定書記載の事実との間に、後記被告指摘のような差異のあることは事実である。しかし、原告ら主張の、小売価格が維持されたという事実は、右二、記載の被告のとつた措置から当然に生ずるものであり、しかも右措置は実効性を有していたのである(前述のとおり、本件同意審決がなされたのは、このことの証左である。)から、本件同意審決が、その内容をなす審判開始決定書記載の事実について拘束力を有する以上、当然に上記小売価格維持の事実についても拘束力を有するものというべきである。仮に、そうでないとしても、小売価格維持の事実は、拘束力を有する上記審判開始決定書記載の事実から、当然に事実上推定されるものである。

(被告の本案前の主張)

一、「原告らの各訴を却下する。」との判決を求める。

二、原告らは、本訴につき、原告たる適格を有しないものである。

すなわち、本件のような不公正な取引方法という態様の独禁法違反の行為が行なわれた場合には、競争の手段が不公正なため、公正な競争が阻害されるに止まり、私的独占又は不当な取引制限の場合のように、自由競争機構そのものが破壊され、拘束されるわけではなく、従つて、一般消費者は自由競争の利益を奪われないから、右行為によつて損害を被ることはない。換言すれば、不公正な取引方法を禁止することによつて法が達成しようとするところは、公正な競争秩序の維持であり、上記秩序は事業者間の競争について形成される秩序であるから、その侵害により被害を受けるのは事業者のみであつて、一般消費者ではない。従つて、一般消費者である原告らは、仮に被告が請求原因二、記載のような行為、すなわち不公正な取引方法を用いたとしても、それによつて損害を被るものではないから、本訴のような損害賠償の請求をなす利益はなく、これが訴を提起する適格を持たない。もつとも、不公正な取引方法の結果、販売業者間の競争が阻害された場合には、これにより一般消費者も、間接的、反射的に損害を被ることは絶無とはいえないが、そのような事実上の、間接的な損害発生の可能性をもつて、本件の原告らに原告適格ないし訴の利益を肯定することはできない。

なお、私的独占及び不当な取引制限と不公正な取引方法との、取引上の自由競争に及ぼす影響に、画然たる差異があることは、本法二条のそれぞれの定義(五項及び六項と七項)を見れば直ちに明らかであるが、更に、前者には重い罰則があり、後者には何等罰則がない事実に顧りみればいつそう明白であろう。

(請求原因に対する答弁等)

一、「原告らの各請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。

二、請求原因一、記載の事実及び同三、記載の事実のうち、原告ら主張の審判手続が行なわれ、同意審決がなされ、右審決が確定したことは認める。同三、記載のその余の事実及び同二、記載の事実は、すべて争う。

特に、被告が小売価格を維持ないし規制したことなど全くない。けだし、本件審判において問疑された事実は、被告が代理店に対し、(一)その販売先、(二)卸価格及び代理店が支払うリベートを規制する拘束を加えて代理店と取引したことであつて、被告が、小売業者の販売価格であるところの小売価格を維持ないし規制したとの事実は問疑されておらず、同意審決によつても何ら認定されていないからである。もつとも、審判開始決定書には「小売価格の維持をはかるため……」との記載があるが、被告はそのような目的を持つたことを否定するものであり、よしんば被告に右のような主観的意図があつたとうけとられたとしても、独禁法違反の成否とは関係のないことであつて、ましてや、原告らが主張するように「被告は……昭和四六年三月一二日までの間……小売価格を維持してきた」などとの事実は、本件審判において問疑された事実とは全く無関係なのである。このことは、本件訴訟に関する公正取引委員会の意見(本件記録添付の昭和四七年七月一三日付意見書記載のもの)が、「この同意審決においては……小売価格自体については認定する必要がなかつたため、この認定はしていない」と述べていることから明らかである。そもそも、本件審判においては、小売価格維持とはどんな意味かさえ何ら明確にされなかつたのである。さらに、被告は小売価格を維持ないし規制などしたことがないという右主張は、被告の違反行為が継続していたとされる期間における被告のカラーテレビの小売実売価格が、原告ら提出の甲第四三号証の三記載のとおり全国的に区々様々であり、また、原告らの購入価格間においても、全国小売実売価格より低廉な原告北倉の場合を含め、その価格は区々であることから、極めて明白に裏打ちされているものと考える。そこには、被告が小売価格を制度的、一般的に維持したという事実は全く見られないのである。

三、1. 同四、記載の事実のうち、原告らが、その主張の日に、その主張の機種の受信機を、その主張の者から買受ける契約をしたことは認めるが、同項記載のその余の事実は、すべて争う。

2. 前述したように、被告は小売価格維持行為をしていないのであるから、被告の行為と小売価格維持との間、及び、これらと損害との間には何ら因果関係がないのである。このことは又、原告らの被つたとする損害の発生に関する主張が不十分であることからも言い得るのである。つまり、原告らが、その損害発生に関する主張のよりどころとしている、いわゆる「自由市場」なるものは、被告が以下にも述べるとおり、通常のルートとは異なり、一部大都市にのみ存在する特殊なものであり、しかも、被告の違反行為があつたとされる期間以前から現在までずつと、その特殊性が変わることなく存在しているものである。従つて、被告の違反行為とかかわりなく存在している「自由市場」に、その影響が及ばなかつたであろうことは、原告ら主張のとおりともいえるが、「自由市場」における価格が、原告らの購入価格より安いのは、単に、被告の違反行為が及ばなかつた為ではないのである。すなわち、「自由市場」における価格は、被告の違反行為とは関係なしに、もともと安いのであり、原告らの購入価格がそれよりも高いからといつて、被告の違反行為があつた為であるとする原告らの主張は首肯し難い。

さらに、視点を変えて見るに、被告製品はすべて、原告らのいわゆる「制度的、一般的に」拘束を受けていたとされる代理店を通して市場に販売されるのであつて、「自由市場」といえども、そこで取扱われる被告製品は、一度は必ず、拘束を受けていたとされる代理店を経由したはずであり、その販売価格に及ぼす影響は、「自由市場」以外の市場におけるそれと変わりがない。それでいて、両者の販売価格に大きな差異が生じるのは、まさしく「自由市場」の特殊性の故であつて、被告の違反行為により高く買われたとする原告ら主張に、根拠がないことを雄弁に物語るものといえよう。さらに、原告らは、被告の再販売価格維持行為によつて損害を蒙つたと繰り返し主張している。再販売価格維持とは、広く一般に解せられるところによれば、商品の供給者が、自己の手を離れた後の転売価格を自ら決定し、これを維持し、その結果、その商品につき販売業者間の価格競争が絶滅することをいう。而して、原告らの請求は、被告製品の小売段階における価格維持を原因とするものである。しかし、本件同意審決の事実認定中には、被告が小売価格を決定し、又は小売業者間の価格競争を妨げたということは何処にも記載されていない。現に、原告らの購入当時、被告の製造販売するテレビ受信機の小売価格が区々であつたことは、前記二、に述べたとおりである。小売店間に自由な価格競争が行なわれている以上、原告らがたまたま比較的高い店で買つたとしても、それは原告らの任意の選択によるものであつて、その損失につき被告が責を負うべき筋合ではない。以上のように、あらゆる観点からみて、被告の行為と原告らの主張する損害との間には何ら因果関係はないのである。しかるに原告らは、被告の行為により損害を蒙つたと主張するのであるから、その被告の行為との因果関係について具体的に主張すべきであるにもかかわらず、原告らがそれを行なわないのは、原告らの主張として極めて不十分である。

すなわち、被告が何人に対して、どのような内容の規制をしたかが、被告の具体的違反行為の内容であり、この被告の違反行為と原告らの被つた損害との間の因果関係が明らかにさるべきである。しかも、本件において、被告の違反行為とされるところは、必ずしも一個の行為ではないのであるから、そのいずれの行為と原告らの損害とが、具体的にどのような経路をたどつて結びつくかを明らかにしなければ、因果関係の主張としては十分でないと考える。そうして、本件において、因果関係について、右のような主張をすることは、原告らの最少限度の責務であると思量されるのに原告らはこの責務すら尽していないのであるから、この点だけでも原告らの請求は失当である。

3. 特に、被告は、原告ら主張の代金額を争うものである。すなわち、まず、原告ら主張の各代金額には、いずれもアンテナ代とその取付工事費が含まれているから、その合計額一万円は控除さるべきものである。つぎに、原告大川については四〇〇〇円、同小松については一万八〇〇〇円、同角田については一万〇七〇〇円それぞれ値引きがされているから、これも控除さるべきである。更に、原告大川、同高田、同小松は銀行ローンの方法によつて、また原告角田は二〇回分割払の方法によつて、それぞれ代金を支払つているが、このような支払方法によるときは、金利のほか、前者については約五%の調査費等が、後者については約八%の集金費、調査費等がかかり、代金額はこれらを含めて定められているから、右の原告ら主張の代金額は、当然にその買受けた受信機の代金額とはいえないものである。

4. かりに、原告らが何らかの損害を被つたとしても、それは原告ら主張のような態様及び額のものではない。

(一)  原告らの主張は、カラーテレビの小売段階において均一的な「適正価格」がありうることを前提としているようであるが、カラーテレビは、一般小売店、大型販売店、百貨店スーパー等において販売され、これら各店舗は、自己の営業形態、営業基盤、他店とのつり合い、自己の信用及び営業の維持等を考え、適正と考える利益を仕入価格に加え、相互に競争販売しているのであつて、店舗によつて、小売価格は異なり均一ではないし、他方消費者は、各自が適当と考える店舗において、自由に購入すればよいのであるから、このようにしてそこに形成されるものは、むしろ均一でない適正な価格である。従つて原告らの前提とする均一な適正価格などはありえない。原告らの前記主張は、この点で失当である。

(二)  原告らが本件において主張している「まや価格」「井原価格」「D価格」等は、極めて特殊な市場で形成され、またそれを基盤として算定された特殊な価格であるから、これを以て「C価格」を根拠づけることはできないし、これらの価格と「B価格」との差が被告の独禁法違反行為により生じたものと推定することもできない。

すなわち、まず、原告らのいう「仲値」は、そのいうところによると、卸売業者間の取引において形成される価格である。ところで、全国を市場として大量生産される消費財の流通経路は、生産者→卸売業者→小売業者→消費者の順序をたどるのが通常であるから、右卸売業者間の取引の如きは、通常のルートから外れたものであり、そこで形成されるものは、特殊例外的な価格であり、これを通常の卸売価格とみることは到底できないから、この「仲値」を基礎として、「適正価格」の算定を理由づけることは許されない。また、まや商会及び井原電機は、通常の流通経路によつて商品を仕入れることは殆どなく、特殊な卸売業者から仕入れて販売しているものと認められ、家庭電器製品小売業界においても、特異な存在として周知されているものであるから、その小売価格は、その特殊な業態に基因して、通常のそれに比して特に低廉なのである。

従つて、このような価格を基礎として、適正価格を判断することは、これまた許されない。

一般に家庭用電化製品は、高度の技術的要素をもつ耐久消費財であつて、小売業者としては、常時生産者又は卸売業者から技術的な指導、情報、部品の供給等を受けなければならないこと等の理由により、その流通経路は、前記のとおり単純化する傾向にあるのが実情であつて、原告らのいう自由な市場とは、この流通経路を外れたところで形成されたもので、結局、一部の特殊な店が、資金ぐりや倒産のため放出された商品(いわゆる金融品、換金物)等を、現金問屋と呼ばれるものから非常な安値で買受けて、販売している市場を指すものであるが、このような市場は、比較的大都市にのみ存する極めて小さなもので、決して全国的一般的なものではない。このように、原告らのいう自由な市場とは、極めて特殊なものにすぎないのであるから、前記のとおり、そこで形成された価格を以て、原告ら主張の「適正価格」を合理的に理由づけることは到底できないというべきである。

また、原告らは、その主張の利潤率をも右「適正価格」算定の根拠としているが、原告ら主張のような、一機種の一販売実例についてのみの利潤率は、その店舗全体の平均利潤率でも、また小売店の経営が成り立つ基準利益率でもないのであるから、それだけでは、右の根拠としては十分ではない。

四、審決の拘束力(その趣旨は、原告らが請求原因六、の冒頭で主張しているとおり。)についての被告の意見は、次のとおりである。

1. 正式審決(その意味は原告らのいうところと同じである)も、その本質においては、行政処分に外ならないから、司法優位の憲法のもとにおいては、明文の規定のない以上、その拘束力を認めることはできないものというべきところ、右の拘束力を認める規定はない。

なお、独禁法八〇条は、いわゆる実質的証拠の法則を定めるが、この規定の合憲性について疑いがあるうえに、そもそも、右の規定は、審決の取消訴訟に関するものであるから、本件の如き損害賠償請求訴訟において、この規定を根拠に拘束力を認めることはできない。つぎに、同法二六条は、審決の確定を、同法二五条の訴訟の要件としているが、それは、同法二五条二項が、この訴に限り、異例の無過失責任を定め、被害者を極度に保護した反面、そのなす訴の提起を慎重ならしめ、その濫用なきを期したことと、審決未確定の間にこの訴を認めるときは、後に審決が取消されたときは、折角の損害賠償請求訴訟が無に帰するので、これを防止しようとすることによるものであると解せられるから、右二六条の規定は、審決の拘束力を肯定する根拠とはなり得ない。なお、同法八四条は、裁判所は遅滞なく「損害の額」について公正取引委員会の意見を聞くべきものと定めているが、同条は、独禁法違反の事実については、既に公正取引委員会としては認定ずみであるので、再度の意見聴取は不要であり、単に「損害の額」についてだけ意見を求めれば足る、との趣旨で設けられたものであるから、同条は審決の拘束力とは何の関係もない。

従つて、正式審決については、拘束力を認めることはできない。

2. 右のとおり、正式審決についてさえ拘束力を認めることはできないのであるから、まして、簡易手続による同意審決に拘束力が認められるわけはない、というべきである。

(一)  まず、第一に同意審決には、正式審決におけるような証拠に基づく事実認定はない。従つて、拘束力を考える余地がない。

(二)  もつとも、独禁法五三条の三によると同意審決は、被審人において審判開始決定書記載の事実を認めたときになされることになつている。ところで、同意審決は勧告審決と共に、公正取引委員会と被審人とが妥協ないし合意によつて、簡易迅速に、同法違反の行為を排除するという行政目的を達成するための制度であることを考えると、右五三条の三が同意審決につき「被審人が、審判開始決定書記載の事実及び法律の適用を認めて」と規定するのは、右述の制度の趣旨にそわない不当ないし不要なものというべきである。従つて、同意審決にあたり被審人が右の事実を認めたといつても、それは法の擬制に基づいて認めるほかなかつたと評価すべく、右事実を真実存在するものとして積極的に自認したというのではなく、むしろ、消極的に「強いて争わない」という程度の意味をもつに過ぎないものと解すべきである。従つて、上記の点は、拘束力を肯定する理由とはならない。

かりにそうでないとしても、前記の事実を認めたのは審判手続においてであるにすぎないから、手続を異にする本件訴訟においてもまた、被告が当然に右の事実を認めたことになるわけのものではない。

(三)  また、一般に審判開始決定書記載の事実は、極めて粗雑、簡略かつ広汎であつて到底独禁法違反の事実を特定するに足るものではない。従つて、もし、このような事実を前提にして、同意審決に拘束力を認めると、実際上も著しく不都合な結果を生ずることになる。

そうして、本件同意審決においても、一般の例にもれず、審判開始決定書記載の事実は甚しく不特定である(このことは、右記載自体からも、また右の事実の記載と同審決主文掲記の排除計画との間に、多くの顕著なくいちがいがあることからも明らかである。)。

従つて、この点からもまた、拘束力を肯定することはできない。

(四)  なお、原告ら主張の六、2、後段記載の点には、所論の審判事件を審理したのは審判官であつて公正取引委員会ではないことを看過した誤りがある。

3. 原告らは、また、事実上の推定を云々するが、同意審決にあたり、審判開始決定書記載の事実を認めることの趣旨が右2、(二)のとおりであり、しかも右の事実の記載が右2、(三)のとおり特定を欠くものであることを考えると、本件同意審決は、そもそも、これを以て、原告ら主張の推定の基礎となし得ないというべきである。

しかも、本件における審判開始決定書記載の事実は、「被告がその取引先卸売業者である代理店に対し、その販売先及び販売価格(卸売価格)について、拘束条件をつけて取引した」というのであるから、この事実から、原告らが請求原因二、において主張する、「被告は、小売価格を維持することを目的とし、その手段として、代理店との取引について拘束条件を付し、もつて小売価格を維持してきた」という事実を、事実上にもせよ推定することはできないというべきである。

(被告の主張に対する原告らの反論)

一、被告の(本案前の主張)二、記載の主張はこれを争う。

およそ被告のような巨大会社が不公正な取引方法を行なうときは、業界の販売秩序はこれにより大きな影響を受けるから、その結果一般消費者もまた何らかの影響を受け、被害を被らざるを得ないものである。従つて、不公正な取引方法の被害者は、競業関係にある事業者のみであるという被告主張の見解は、学説上も少数説であつてこれにくみすることはできない。

二、被告の答弁三、3記載の主張について。

1. アンテナ代とその取付工事費が合計一万円であることは争う。アンテナ代とその取付工事費として、原告大川については七〇〇〇円、同角田については五五〇〇円をそれぞれ控除して別紙第一表記載の価額を算出した。原告小松の同表記載の価額にアンテナ代とその取付工事費が含まれていることは認める。その余の原告らについては、同表記載の各価額にアンテナ代とその取付工事費が含まれているかどうかは不明である。

2. 原告大川については四〇〇〇円、同小松については一万八〇〇〇円、同角田については五二〇〇円(一万〇七〇〇円ではない)それぞれ値引きがあつたことは認めるが、右各値引額はいずれも右表記載の価額に含めていない。

3. 原告大川、同高田及び同小松が銀行ローンで、また原告角田が二〇回分割払で購入したことは認めるが、銀行ローンの場合約五%の調査費等が、また二〇回分割払の場合に約八%の集金費、調査費等がかかることは争う。原告大川については一万二〇〇〇円、同高田については二万一七六八円、同小松については一万五九六〇円を銀行ローンの利息として支払つたが、これらはいずれも右表記載の各価額に含めていない。また原告角田については、二〇回分割払価格が一七万四〇〇〇円、現金正価が一五万五〇〇〇円の機種で、その差額一万九〇〇〇円が分割払による金利その他の諸掛りに相当すると考えられ、右表記載の価額はこれを控除して算出した。

(証拠)〈省略〉

理由

(被告の本案前の主張について)

独禁法は、事業者間の公正な競争を阻害するおそれがある特定の行為を不公正な取引方法とし(同法二条七項及び四項)、これを禁止することによつて公正かつ自由な競争を促進し、ひいて一般消費者の利益を確保しようとしている(同法一条)のであるが、これは、事業者の不公正な取引方法を用いる行為を放置しておけば、事業者間の競争秩序が侵害され、その結果一般消費者の利益が害される危険を招くからにほかならない。したがつて、事業者が不公正な取引方法を用いた場合に、これによつて損害を被る者が競争関係にある事業者のみであるとはいえず、一般消費者も、間接にではあつても、損害を被る場合があるといわなければならず、その損害は、単に事実上の反射的なものに過ぎないこともあるが、各消費者について具体的、個別的に生ずることもあるのである。不公正な取引方法によつて商品の小売価格が不当に高額に維持された場合に、その維持された価格でその商品を買受けた消費者は、不公正な取引方法が用いられなければ自由かつ公正な競争によつて形成されたであろう適正価格との差額につき損害を被つた者であり、この損害を目して、不公正な取引方法による事実上の反射的な損害に過ぎないということはできない。独禁法二五条の規定により、不公正な取引方法を用いた事業者が損害賠償の責に任ずべき被害者には、右の場合の消費者を含むものと解すべきであつて、原告らは、その意味での被害者として本件損害賠償請求訴訟を提起しているのであるから、原告らが一般消費者であることから直ちに本訴につき当事者適格ないし訴の利益を欠くとする被告の主張は、到底採用しがたいところである。

(本案について)

一、被告が、カラーテレビ受信機等主として家庭用電気器具の製造販売を業とし、その製造にかかるナシヨナル製品(カラーテレビ受信機等その国内向け家庭用電気器具)の殆どすべてを、ナシヨナル製品を総合的に取扱う代理店(卸売業者)に販売していること、公正取引委員会が、被告に対し、独禁法一九条に違反し同法二条七項、昭和二八年公正取引委員会告示一一号不公正な取引方法の八に該当する行為があるとして、昭和四二年八月一四日審判手続(昭和四二年(判)第四号)を開始し、昭和四六年三月一二日同意審決がなされ、同審決が確定したこと、原告らが、それぞれ別紙第一表記載の各契約日に、各買受先から、各機種のカラーテレビ受信機各一台を買受ける契約をしたこと(各価額及びその支払の点を除く。)、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、ところで、原告らは、審決に現われた独禁法違反行為の存否に関する事実関係の認定判断は同法二五条に基づく損害賠償請求事件を審理する裁判所の判断を拘束すると主張し、被告はこれを争うので、まずこの点について検討する。

一般に、公正取引委員会が独禁法違反行為をしている者に対しその違反行為を排除するための措置を命ずる審決は、その名宛人を受命者とする行政処分であつて、名宛人以外の第三者にまで直接効力が及ぶものではなく、第三者に対する関係において当該名宛人の違反行為の存否を確定するものでもない。したがつて、審決の認定した独禁法違反行為によつて損害を被つたとしてその賠償を訴求する第三者は、その審決がなされたことを主張立証するだけでは足りず、被告に右独禁法違反行為があつたことを主張立証しなければならないのである。しかし、独禁法が禁止する私的独占、不当な取引制限又は不公正な取引方法に該当する行為であるかどうかということは、その行為の性質上、経済や事業活動の分野の専門的かつ具体的な知識をもつてしなければ判断が困難であり、またそのような行為があつたことを立証する資料は行為者自身が所持することが多く、右のような知識も十分でなく強制的な調査権限も有しない者が、被告に独禁法違反行為があつたことを主張立証することは、極めて困難なことである。独禁法二六条一項が、同法二五条の規定による損害賠償請求権は審決確定後でなければ裁判上主張することができない旨規定しているのは、審決の確定により、事業者の独禁法違反行為があつたことを前提として命じられた排除措置義務が確定した後は、被害者は当該事業者に対し特別の無過失損害賠償を訴求できることとしたものであるが、被害者としては、それのみにとどまらず、事業者の独禁法違反行為の事実を認定した審決が確定すれば、その審決及び公正取引委員会が審査(調査)又は審判の手続において収集した証拠を利用することによつて、事業者の右違反行為の存在を主張立証することが容易になるのである。独禁法八〇条、独禁法運用の専門機関である公正取引委員会のした事実認定を尊重する趣旨の下に、審決取消訴訟について、公正取引委員会のした事実認定は実質的証拠があるかぎり裁判所を拘束し、その実質的証拠の有無は裁判所が判断する旨規定しているが、この場合、右規定自体から明らかなように、裁判所が無条件で公正取引委員会の事実認定に拘束されるわけではなく、実質的証拠の有無についての判断が裁判所の権限として留保されているのであつて、公正取引委員会の事実認定の尊重はその制約の下での尊重なのである。これは、憲法三二条、七六条の規定による司法権の行使を侵さないよう配慮したものにほかならない。前記独禁法二六条の規定が、前述の趣旨を超えて、同法二五条の規定による損害賠償請求権の前提となる事業者の独禁法違反行為の存否を、あたかもいわゆる先決問題の訴訟と同様に、公正取引委員会の審決によつて確定させ、その審決の事実認定が損害賠償請求訴訟を審理する裁判所を拘束する趣旨を含むものとすれば、審決の事実認定が無条件で裁判所を拘束することとなるのであつて、前記八〇条のような規定すら欠く右二五条の規定による損害賠償請求訴訟については、審決の事実認定が裁判所を拘束するものとは到底解することはできない。

三、右に述べたように、独禁法二五条の規定による損害賠償請求訴訟について、審決に示された公正取引委員会の事実認定が裁判所を拘束するとはいえないのであるが、公正取引委員会が独禁法運用の専門機関として準司法的権限を有する行政委員会であり、独禁法上、前記八〇条の規定にみられるように、公正取引委員会の事実認定を尊重すべきものとされていることにかんがみると、確定審決の存在が立証されれば、そこに認定された独禁法違反行為の存在を事実上推定することができるというべきである。そして右損害賠償請求訴訟において、前記のとおり、原告らが被告の独禁法違反行為を立証することが通常極めて困難であるのに対し、問題の行為に関する資料は被告が所持していることが多いのであるから、この点からも、被告がその違反行為の存在を争うときは、右の推定を動かすに足る反証を挙げさせることが妥当であるということができる。

本件は同意審決が確定した場合であるけれども、この場合も右と別異に解すべき理由はない。すなわち、同意審決は、被審人が審判開始決定書記載の事実及び法律の適用を認め、審判手続を経ないで審判を受ける旨申し出た場合になされるものであつて、審決書に示される事実は、公正取引委員会が審査手続において収集した証拠に基づいて認定した審判開始決定書記載の事実のとおりであるのが通常であり、公正取引委員会に対しその事実を認め、かつこれに対する独禁法の規定の適用を認めて審決を受けた被審人は、右に述べたところに従い、前記損害賠償請求訴訟において、審決に示された審判開始決定書記載の独禁法違反行為の存在を推定されてもやむをえないところであり、これを争うには、その違反行為が客観的に存在することを疑わしめるような反証を挙げる必要があるとするのが相当であるからである。

原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証によると、本件同意審決の内容は本判決末尾添付の別紙審決(写)のとおりであり、事実及び法令の適用については審判開始決定書の記載が引用されているが、その審判開始決定書の記載は、事実として、被告は、「(一)ナシヨナル製品の小売価格の維持をはかるため、昭和三九年九月ごろから、ナシヨナル製品を販売するに当つて、代理店に対し、家庭用電気器具を廉売する販売業者に対するナシヨナル製品の販売を行なつてはならないとともに、その取引先販売業者に右販売を行なわせないようにしなければならない旨を指示し、これを実施させて代理店と取引している。(二)また、ナシヨナル製品の代理店販売価格の維持をはかるため、昭和四〇年二月ごろ、ナシヨナル製品を販売するに当つて、代理店(一部の特定代理店を除く。)に対し、ナシヨナル製品のうち、季節的製品を除く大部分の製品について、同社(被告会社)が定める卸価格でその取引先販売業者に販売しなければならない旨およびその取引先販売業者に対するいわゆるリベートの支払について、同社(前同)が定める基準による以外の独自のリベートを支払つてはならない旨を指示し、これを実施させて代理店と取引している。」とし、法令の適用として、右事実によると、被告は「ナシヨナル製品の販売価格の維持をはかるため、代理店とその取引先販売業者との取引を拘束する条件をつけて代理店と取引しているものであり、これは、昭和二八年公正取引委員会告示第一一号不公正な取引方法の八に該当し、独禁法一九条に違反する。」としており、被告は、右事実及び法令の適用を認めて(成立に争いのない甲第三八号証は、被告が公正取引委員会に提出した同意審決申出書であるが、同書面に「独禁法五三条の三の規定に基づき」とあるのは、その趣旨を含むものと解すべきである。)本件同意審決を受けたものであることが明らかであるから、上記の理由により右審決の引用する審判開始決定書に摘示された被告の独禁法違反行為の存在が事実上推定されるものとするのが相当である。なおいずれも成立に争いのない甲第三七号証の一ないし二八(同号証の一七については、さらに一、二)、第三九号証、乙第二ないし第四号証、第六号証、第一二号証、第一四号証、第一七号証、第一九号証、第二一号証、第二四ないし第三四号証、第三六ないし第三八号証、第四一号証、第四三ないし第四九号証並びに前掲甲第三八号証及び乙第一号証によると、被告に対する本件独禁法違反事件は、昭和四二年八月一四日審判開始決定がなされた後、審判官によつて審判手続が進められ、昭和四三年一一月八日の第二六回期日まで証拠調が行われ、その結果に基づいて審査官及び被審人である被告が意見陳述(被告は結審後書面で意見を補充した。)の上、昭和四四年五月八日の第二八回期日に結審となり、昭和四五年一〇月一日公正取引委員会の審査及び審判に関する規則六六条に基づく審判官の審決案が作成され、右審決案は前記審判開始決定書記載の事実が摘示する(一)及び(二)の各指示の撤回を命ずる趣旨のものであつたが、これに対し被告から同規則六八条に基づく異議申立書が提出されていたところ、昭和四六年三月一一日に至つて被告から同意審決の申出があり、同月一二日本件同意審決がなされたことが認められるのであつて、このように、被告が、審判手続における攻撃防禦を経て右手続が結審となり、審判官の審決案が作成された後になつて、審判開始決定書記載の事実及び法令の適用を認めて同意審決を受けたことは、前記推定を一層強めるものといわなければならない。

被告は、右審判開始決定書記載の事実に摘示された被告の独禁法違反行為の存在を否認し、特に(一)の「小売価格の維持をはかるため」という目的を有していたことを争うのであるが、前記推定を左右するに足る反証は存しない。(証人阪井光雄の証言によると、被告がいわゆる新販売制度を行つた昭和三九年、同四〇年当時、電器業界では、白黒テレビ受信機の需要がすでに一巡し、一般の景気も不況であつたのに、各メーカーの設備投資が拡大したため、供給が需要を上廻つて値くずれが起り、メーカーの業績が非常に悪化した時期であり、被告が新販売制度を行つたのは、そのためだけではないが値くずれの克服という面もあつたというのであつて、本件独禁法違反行為について被告に価格維持の目的がなかつたとはいえない。)

原告らは、被告の右独禁法違反行為は少なくとも本件同意審決のなされた昭和四六年三月一二日まで継続したと主張し、被告はこれを争うのであるが、被告は本件同意審決によつて右違反行為の排除措置を命じられており、これは被告が当時なお違反行為が存続していることを自認し、公正取引委員会も同様に認定したからにほかならず、被告の右違反行為は少なくとも本件審決当時まで存続していたものと認めるのが相当であり、これを覆えすに足る証拠はない。

さらに原告らは、被告は本件独禁法違反行為によつて少なくとも右時期までナシヨナル製品の小売価格を維持してきたと主張し、被告はこれを争うのであるが、この点は原告ら主張の損害の発生に直接関係するところであるから、後に判断することとする。

四、原告永井については原本の存在及び成立に争いのない乙第五一号証の一、二により、原告中野については成立に争いのない乙第五四号証の一ないし五により、原告北倉については成立に争いのない甲第四五号証並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第五六号証により、原告工藤については成立に争いのない甲第四六号証の一、二により、それぞれ別紙第一表記載の価額欄の金額を買受けたテレビ受信機の代金として支払日欄の日に支払つたことが認められる。ただし、いずれも右金額にアンテナ代(取付工事費とも)が含まれているかどうかは明らかでない。

原告大川については、成立に争いのない乙第五〇号証の一及び三並びに原本の存在及び成立に争いのない同号証の二によると、本件テレビ受信機の購入は銀行ローンの方法によつたもので(この事実は当事者間に争いがない。)、昭和四四年四月二五日、販売価格一一万九〇〇〇円、初回金(申込金)一万九〇〇〇円、借入希望額一〇万円(利息を加え返済金合計額は一一万二〇〇〇円)とする二四回払のローンを申込み、同日四〇〇〇円の値引を受けて(右値引額は当事者間に争いがない。)初回金一万五〇〇〇円を支払つたことが認められ、また右価格にアンテナ代(取付工事費とも)七〇〇〇円を含んでいたことは同原告の自認するところであり、結局同日ごろ本件テレビ受信機本体の代金として一〇万八〇〇〇円を支払つたものということができる。

原告高田については、成立に争いのない乙第五二号証の一、二によると、同原告も本件テレビ受信機を銀行ローンの方法により購入したものであるが(この事実は当事者間に争いがない。)、昭和四四年七月一五日購入価格一八万七〇〇〇円、初回金二万円、借入金一六万七〇〇〇円(利息を加え返済金合計額は一八万八七六八円)とする二四回払のローン契約を締結し、同月二五日貸出を受けたものと認められるから、右二五日までに一八万七〇〇〇円を支払つたものということができるが、これにアンテナ代(取付工事費とも)が含まれていたかどうかは不明である。

原告小松については、原本の存在及び成立に争いのない乙第五三号証の一ないし四によると、同原告も本件テレビ受信機を銀行ローンの方法により購入したものであるが(この事実は当事者間に争いがない。)、昭和四五年一一月八日現金正価一九万三〇〇〇円のうち一万八〇〇〇円の値引を受け(右値引額は当事者間に争いがない。)、初回金四万八〇〇〇円のところ三万円を翌九日支払い、残額一四万五〇〇〇円(利息を加えた返済金合計額は一六万一五三六円)につき同月一五日二四回払のローン契約を締結し、その頃までに計一七万五〇〇〇円を支払つかものと認められるが、これにアンテナ代(取付工事費とも)が含まれていたかどうかは不明である。

原告角田については、いずれも成立に争いのない甲第四四号証の一ないし二二及び乙第五五号証の一並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第五五号証の二によれば、同原告は、本件テレビ受信機を二〇回の分割払の方法で購入したものであり(この事実は当事者間に争いがない。)、分割払価格は一七万四〇〇〇円であるが、初回金二万七七〇〇円のところ五二〇〇円の値引を受けて二万二五〇〇円を昭和四四年一二月三一日に支払い、残額一四万六三〇〇円を昭和四六年八月九日までに分割して支払い、支払額は合計一六万八八〇〇円であつたが、これにはアンテナ代(取付工事費とも)が含まれているので、テレビ受信機本体のみの代金としては一六万三三〇〇円となり、なお、右テレビ受信機の現金正価は一五万五〇〇〇円であることが認められる。

五、ところで原告らは、原告らが本件各テレビ受信機を購入した小売業者は、被告が前記独禁法違反行為により拘束条件を付して販売した卸売業者からこれを仕入れたものであり、原告らの購入価格は被告の右違反行為により不当に高く維持されていたもので、右違反行為がなければ、原告らの購入価格は別紙第二表記載の「C価格」を超えることはなかつたのであるから、原告らはそれぞれこれを超える額の損害を被つたと主張する。

被告が、その製造にかかるナシヨナル製品の殆どすべてを、ナシヨナル製品を総合的に取扱う代理店(卸売業者)に販売していることは、さきに認定したとおりであり、被告の本件独禁法違反行為は、ナシヨナル製品の販売価格の維持をはかるため、代理店とその取引先販売業者との取引を拘束する条件をつけて、代理店と取引するものであるから、少なくとも本件同意審決当時まで、右違反行為によつて殆どのナシヨナル製品の小売価格が影響を受けていたと推定することができる。しかし、ナシヨナル製品を小売店から購入した一般消費者が、被告の右違反行為によつて損害を被つたとするためには、その損害は、購入価格の全額についてではなく、その価格のうち被告の違反行為によつて不当に高く維持された部分について生ずるのであるから、さらに、右価格のうちのいくばくの部分が右不当に高く維持された部分に当るのかを明らかにしなければならず、その前提として、代理店が、被告から拘束条件を付せられることなく仕入れ、公正かつ自由な競争によつて形成される卸価格で小売店に販売し、ついで小売店が、代理店から拘束を受けることなく、公正かつ自由な競争の下に、適正な収益を加えて一般消費者に販売する場合に、その小売価格がいくばくとなるかを明らかにする必要があるのである。

原告らは、右の意味での適正な小売価格は、別紙第二表記載の「C価格」-すなわち、メーカーの条件に拘束されない自由市場である現金問屋間の売買で形成されるいわゆる「仲値」(日本経済新聞紙上に発表されるもの)に、中小企業庁発表の電気器具小売商の昭和四四年及び同四五年の売上高対総利益率二一・三%を乗じて算出した同表記載の「D価格」、被告の条件に拘束されない自由市場から仕入れかつ自由に販売している東京の小売業者である訴外株式会社まや商会及び訴外井原電気の仕入価格及び小売価格である同表記載の「まや価格」及び「井原価格」、全国地婦連が全国の店頭実売価格を調査して集計した結果に基づく「E価格」、公正取引委員会が委嘱したモニターによつて全国の店頭実売価格を調査し集計した結果に基づく「F価格」、以上を原告らが比較考量して求めた小売価格-であり、利潤率の点からも、「まや価格」は平均〇・一一七五、「井原価格」は平均〇・一二二六、「仲値」を仕入価格とする「C価格」は平均〇・一五二であつて、「C価格」が適正な価格であるということができると主張する。そして鑑定人杉岡碩夫の鑑定の結果は、全国の平均的電気器具小売店が、原告ら主張の「仲値」で仕入れ、これを自由な競争条件の下で販売する場合には、その適正な小売価格は、原告ら主張の「まや価格」及び「井原価格」の水準になるとするものである。

しかし、右の「仲値」は問屋仲間の現金による取引で形成される価格であるというのであるが、成立に争いのない甲第四一号証の一ないし四並びに証人小野唯雄、同阪井光雄及び同平山秀雄の各証言を総合すると、右のような現金問屋が取扱う商品には、仕入の見込違いや資金繰りの必要から換金のため処分されたもの、担保流れのもの、倒産した店のもの等が含まれており、したがつて右の「仲値」には、被告が代理店に販売するときの蔵出し価格より下廻るものもあることが認められるので、「仲値」が果して正常な取引市場において形成されるものであるかどうか多分に疑問があり、「D価格」は、右「仲値」に電気器具小売商の売上高対総利益率を乗じたもので、成立に争いのない甲第四三号証の一及び二によれば、右率が原告ら主張のとおりであることは認められるが、これは、全国の小売商の、カラーテレビ受信機のみならず、多種の電気器具の販売、修理等の売上高に対する総利益率の平均であるから、本件の適正な小売価格を探究するのにどの程度参酌すべきものか問題がある。また「まや価格」及び「井原価格」が別紙第二表記載のとおりであることは、証人山崎信雄及び同妹尾栄市の各証言並びにこれによつて成立を認めうる甲第四二号証の一ないし三(同号証の二及び三のうち弁護士春日寛作成部分は成立に争いがない。)によつて認めうるのであるが、右各証言によれば、その仕入価格は前記現金問屋から前記仲値を参考として現金で仕入れた価格であり、また小売価格は薄利多売のかつ現金売りの方式の経営によるそれであることがうかがわれるのであつて、このような経営はある程度大きい資金力、取引量等がなければできないのであるから、これらの価格をもつて、すべての小売店に通ずる一般的に適正な価格であるとすることには疑問がある。前記杉岡鑑定は、「まや価格」及び「井原価格」の仕入価格及び小売価格が同一ないし近似していることを重視するが、類似の仕入先から仕入れて類似の経営方式で営業する場合の価格であることを看過している点で、同調しがたいものがある。さらに「E価格」及び「F価格」は、成立に争いのない甲第四三号証の三を参照すると、全国地婦連及び公正取引委員会が、ナシヨナル製一九型カラーテレビについて、全国を関東甲信越地区、中部地区、関西地区等八地区に分け、各地区ごとの値引率を調査して求めた平均値引率のうち、原告らの居住地がそれぞれ属する地区のものを使用して、原告ら購入の各機種の現金正価から値引後の価格を算出したものである(ただし、この計算方法によれば、別紙第二表の原告北倉の「E価格」は一五万九一三八円が正しいこととなる。)ことが認められるが、右の各調査時点がいつであるか明らかでなく、一機種のみについてのかなり広い地域の平均値引率によるものであつて、本件の適正な小売価格を求めるのにどの程度寄与するものか、疑問である。

このように、原告らが比較考量したとする各価格及びその算定資料にはそれぞれ問題がある上、その比較考量によつて「C価格」が導びき出される過程に明確さを欠くものがあり、右「C価格」をもつて原告ら主張のような適正な小売価格とするには十分でなく、杉岡鑑定もまたにわかに採用しがたいところである。

なお、当裁判所は、本件につき独禁法八四条一項の規定によつて公正取引委員会の意見を求めたのであるが、同委員会委員長の当裁判所あて昭和四七年七月一三日付意見書によれば、「本件同意審決においては、被告の家庭用電気器具の小売価格自体については認定する必要がなかつたため、その認定をしておらず、原告らが前記審判開始決定書記載の被告の行為によつて生じたとする損害の額については、右同意審決及びこれに関連して同委員会が知得した資料に基づいて算定することはできない。」というのであつて、右意見書は、原告らの主張する損害について判断するための資料とすることはできない。

他に、原告らの各購入価格に、被告の本件独禁法違反行為によつて不当に高額に維持された部分があるかどうか、及びその額について認定することができるような証拠はなく、結局、原告ら主張の各損害の点につきこれを認むべき証拠がないことに帰する。

六、よつて、原告らの各請求はいずれも理由がないものとして棄却するほかなく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長高等裁判所長官 青木義人 判事 江尻美雄一 判事 小林信次 判事 蕪山巌 判事 滝田薫)

別紙〈省略〉

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